MY TALLINN
帝政ロシア時代1710年にロシアに降伏して以来、1917に勃発したボルシェビキ革命までの間、タリンはロシアの支配下に置かれていました。ロシアは自国の慣習や建築様式、そして宗教などを次々とタリンに持ち込みました。18世紀あるいは19世紀に建てられたカドリオルグ宮殿やその周辺の公園、アレクサンダー・ネフスキー大聖堂などはまさに帝政ロシア時代の象徴といえます。カドリオルグ(Kadriorg)
カドリオルグの誕生と発展はロシア帝国のツァーリ時代の影響を受けています。様々な時代の建物が並ぶカドリオルグの通りは、そのものが建築博物館のようです。貴族の邸宅、避暑地、機能的なアパートメントが木製の質素なエストニア風の建物に混じって建てられています。
カドリオルグ宮殿一帯
カドリオルグ宮殿の周りには、いくつかの興味深い建物が並んでいます。たとえば、もともとキッチンとして使用されていた建物が現在ではミッチェルミュージアム(Mikkel Museum)として利用されており、またひっそりと建つ夏の別荘は、ピョートル1世の住居博物館となっています。
ピョートル大帝の別荘
現在のカドリオルグ宮殿が新しい宮殿と呼ばれているのに対し、ピョートル大帝の別荘は古い宮殿と呼ばれています。この質素な佇まいの別荘は、18世紀のはじめ、ピョートル大帝やキャサリン1世がタリンを訪問する際に滞在しており、アレキサンダー1世やその他の皇族たちも度々訪れていました。
ルサルカ像
1902年にカドリオルグのビーチに建立された軍艦ルサルカの記念碑です。戦艦ルサルカは、1893年、タリンからヘルシンキへ向かう途中、嵐に遭遇し、 ヘルシンキにたどりつくことなく177人の船員とともに海底に沈みました。ルサルカ像はエストニアアートの第一人者であるA.アダムソンによるものです。
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